思い返そうと思ったきっかけはこれ
【ありがとう民主党】外国人生活保護受給者が急増 年5000世帯ペース
http://www.moeruasia.net/archives/38406057.html
外国人生活保護受給者 近年は年5000世帯のペースで急増
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140531-00000003-pseven-soci
あと、長文ですw
自分は大まかに言えばブラジル人が流入し始める以前から日韓WCの後まで住人でした。
今はおっさんです(・∀・)
流入は主にトヨタの下請け、それこそ2次や3次というレベルの下請けが労働者として雇い入れたのがきっかけだと思います。
1次下請けではそういう話は聞いた覚えはありません。
流入初期はNHKの番組取材が来た覚えがあります。
その後は中学に進学する時点で別の学校に行った感じがありました。
日本の中学に進学した人もいました。
今思えば、数年というにはまだ早い時期であっても馴染める馴染めないというのが既に差が出ていたのではないかと思います。
流入から5年も経てば、目に見えて「ブラジル色」を見かけるようになりました。
最初は店に集まる方々から自営で出店という感じに変化していきました。
また、明らかに違法な手段で手に入れたような車なんかもありました。
団地内の駐車場に置物状態の車があったり、そこにあるのは不自然なトラックの後ろ部分だけがあったりもしました。
あと、治安も思い返せば目に見えて悪くなっていったのではないかと思います。
馴染めなかった人が昼には引きこもり、夜にはコンビニに集まって騒ぐということもありました。
ごみ集積場が燃えたりして消防車が出動するという事もそこそこありました。
そして、1999年頃でしょうか、右翼の車が燃えたことによって一時期警備が強化されました。
当時は交番の隣に美容院に警察車両が停まっていたのを覚えています(入りきらない分)。
日本にとって悪名高い日韓WCはブラジル国旗を出している家がちらほらありました。
今、思えばサッカーが強いのはこういうサッカー愛があるからなのかもしれません。
ただ、雨の日はしまったほうが・・・・なんてことも当時は思いました。
WCはブラジルが優勝して、夜に公道でパレード(?)なんてしたので、結果としてバスの運行を止めてしまったということもありました。
治安が悪くなった頃には馴染めない側をテーマにした番組も放送されていました。
自分が治安が悪くなったなぁ・・・とおもったのが、コンビニにタバコを買いに行って戻ってくる間に車上荒らしがあったのを見たときでした。
私が保見団地にいたのはそのあたりまでで、実家ごと引越しして保見団地を離れました。
日本人住民が目に見えて減ってきているという時期だったと思います。
というわけで自分語りをしてみました(・∀・)
昨年の帰省の際に保見団地をぶらついたときに撮ったものをはりつけます。
4つめは元々はスーパーだったのですが、今ではブラジル食品を扱うスーパーになっています。
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